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大阪高等裁判所 昭和52年(う)1055号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年六月に処する。

原審における未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入する。

押収してある土石採取許可証原本一通(当裁判所昭和五二年押第三八四号の一)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人桂川史作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書並びに被告人作成の昭和五二年七月二七日付及び同年八月五日付各控訴申立書と題する書面各記載のとおりであるから、これらを引用する。

各控訴趣意中、原判示第一の事実に関する事実誤認の主張について

各論旨は、要するに、被告人は原判示第一別紙一覧表36の窃盗には全く関与していない(ただし被告人の論旨は、右窃盗は前田一雄及び中西弘が共同して実行したもので、被告人はその実行には全く関与していないが、右両名と共謀した事実はある、という)、別紙一覧表36を除くその余の原判示第一の窃盗について、被告人が窃取したものでない物件が押収されて被害者に還付されたり、窃取物件の時価の評価を誤つたりしているため、被害額が実際より多額に認定されている、原判決にはこれらの点において事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というものと解される。

そこで、まず原判示第一別紙一覧表36の窃盗に関する論旨について検討するに、原審に取り調べた関係証拠によれば、被告人が単独で右窃盗を実行したことを優に肯認することができる。被告人の所論は、犯行当日京都府下園部町において、被告人と前田一雄及び中西弘との間で愛知県下の被害者方の石置場に置いてある京都産紅加茂石を盗みに行く相談ができ、出発時刻及び待ち合わせ場所も決められていたが、右両名が被告人が除外して先に出発したので、運転免許のない被告人は、大中ひろ子という知人の運転する自動車でその後を追い右石置場に赴いたところ、前田及び中西の両名が石を盗み出し帰るところであつたので、少し離れたところから見ていた。その時声をかけて仲間に入れぬことはなかつたが、出発の際待つていてくれなかつたことが心に残り、入らなかつた旨主張し、当審公判廷においてもこれに副う供述をしているけれども、右は被告人が控訴審の段階になつて初めて主張することであるばかりでなく、内容的にも不自然であり、原審において取り調べた関係証拠に対比すると到底信用することができない。又、被告人の所論は、事実誤認の論拠として、この事実に関する被告人の警察官及び検察官に対する各供述調書は、言いたいことが言えない状況のもとで自己の意思に反して供述したものであつて、任意性信用性がなく、被告人において共犯者であると主張している前田一雄及び中西弘の警察官及び検察官に対する各供述調書は、同人らが一日も早く釈放されたいため取調官の主張に合わせて供述したものであつて信用性がない、と主張しているものと解されるが、前田一雄の検察官調書及び中西弘の供述調書で右事実の証拠として取り調べられたものはなく、その余の右各供述調書に関する右主張も当審の段階で初めてあらわれたものであるのみならず、その主張自体抽象的であつて信用性に乏しく、記録を精査しても、被告人の右各供述調書の任意性に疑いがあるとは認められないし、又被告人の右各供述調書及び前田の警察官調書の信用性を損うべき格別の事情も見当たらない。

もつとも右関係証拠によれば、被告人が前田及び中西と右窃盗を共謀し、かつ三名共同して実行した疑いが全くないわけではないが、かりにそうであつて、被告人の単独犯と認定した原判決が事実を誤認したものであるとしても、被告人が自ら右窃盗の実行行為をしたことに変りはなく、右誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは認められない。してみると、原判決には所論のごとき事実誤認はなく、論旨は理由がない。

次に、別紙一覧表36を除くその余の原判示第一の各窃盗に関する論旨について検討するに、原審において取り調べた関係証拠によれば、右各窃盗の事実について、原判示被害品目、数量及び時価相当額は、すべてこれを正当として是認することができ、所論の指摘する諸事由をつぶさに検討しても所論のごとき事実誤認はない。論旨は理由がない。

各控訴趣意中、原判示第三の事実に関する事実誤認の主張について

各論旨は、要するに、被告人は、ほしいままに原判示土石採取許可証の出願日、許可年月日、採取場所、採取期間等の各欄の数字や文字を安全剃刀の刃を用いて抹消し、原判示のとおり記入したことはなく、したがつて右土石採取許可証の原本を偽造した事実はない、又原判示土石採取許可証の電子コピー複写一通を清水輝夫に交付する際、この許可証写しを取得しただけでは土石の採取はできないことを同人に言つており、同人もそれを承知していたのであるから、同人を欺罔した事実はなく詐欺罪は成立しない、原判決には、これらの点において判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というものと解される。

そこで、まず土石採取許可証の偽造に関する論旨について判断するに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は、昭和五一年一〇月二九日午後一一時ごろ原判示自宅において、自ら原判示土石採取許可証の出願日、許可年月日、採取場所、採取期間等の各欄に記入されていた数字や文字を安全剃刀の刃を用いて抹消し、翌日の同月三〇日午前一〇時ごろ原判示文房具店において、同じく自分でボールペンを用い、右各欄に原判示のとおり記入したうえ、直ちに同店で電子コピー複写一通を作成した事実が認められる。被告人は、当審公判廷及び当審で取り調べた上申書中において、所論に副う供述をしているけれども、原判決挙示の関係証拠と対比すると到底信用することができない。

しかしながら、右許可証改ざんの経過をふまえて関係証拠を検討し、特に被告人が司法警察員に対する昭和五二年三月八日付供述調書において、「このままでは許可証の紙も古くさく、偽造した許可証だということは誰が見ても明らかに分かるので、これをコピーして利用することにした」旨供述していること、押収してある土石採取許可証原本(当裁判所昭和五二年押第三八四号の一)によると、改ざんされた原判示土石採取許可証原本は、その紙が古いばかりでなく、数か所に数字や文字を抹消した際に生じたと認められる穴があつて、改ざんされたものであることが一見して明らかであることから考えると、被告人は、右許可証の改ざんに着手する前には改ざんした許可証の原本を使用する意図を持つていたとしても、少なくとも前記のごとく自宅において安全剃刀の刃を用いて数字や文字を抹消している間に、改ざんした許可証の原本が到底使用にたえないことを覚つてそれを行使する意図を失い、改ざんした許可証の原本を複写機にかけて写しを作成し、その写しを行使する意図を抱くに至つたものと認められる。そうだとすれば、行使の目的をもつて右許可証原本を偽造した旨認定した原判決には事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

次に詐欺に関する論旨について判断するに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は、清水輝夫に対し、事実許可を得ていないのに、あたかも土石採取許可を得たかのように装い、原判示土石採取許可証の電子コピー複写一通を交付し、原判示のとおり申し向けることによつて、原判示九折柏原地内の土石採取許可に基づく権利を同人に譲渡する意見を表示し同人を欺罔したこと、及びその際、所論のごとくその許可証の写しを取得しただけでは土石の採取はできない旨告げた事実はないことが明らかであるから、原判決には所論のごとき事実誤認はない。論旨は理由がない。

してみると、原判示第三の事実中有印公文書偽造に関する事実誤認の論旨は理由があり、原判決は、右有印公文書偽造と原判示第三の偽造有印公文書行使、詐欺とを科刑上の一罪として処断し、かつこれと原判示第一及び第二の各罪とを併合罪として被告人に一個の懲役刑を科しているのであるから、原判決はその全部について破棄を免れない。よつて、各控訴趣意中量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従つて次のとおり自判する。

原判決の罪となるべき事実第三を当審で予備的に変更された訴因に基づき次のとおり変更して認定する。

被告人は、庭石業を営む者であるが、亀岡市九折柏原地内の土石採取が許可されていないのに許可されたもののように装つて金員を騙取しようと企て、昭和五一年一〇月二六日ごろ同市九折柏原地内の尺谷川河川敷に同業者清水輝夫を案内し、同川の石について京都府亀岡土木工営所長から土石採取許可を受ける予定になつている旨虚偽の事実を告げておいたうえ、かねて所持していた昭和四八年一二月一二日付採取場所を同市千歳町江島里地内とする京都府亀岡土木工営所長の記名押印のある同所長発行にかかる被告人宛の土石採取許可証(当裁判所昭和五二年押第三八四号の一)に改ざんを施したものの複写を作成し、これを使用すべく、行使の目的をもつてほしいままに、同月二九日午後一一時ごろ京都府船井郡園部町木崎町大川端三〇番地の自宅において、右許可証の出願日、許可年月日、採取場所、採取期間等の各欄に記入されていた数字や文字を安全剃刀の刃を用いて抹消し、翌日の同月三〇日午前一〇時ごろ、同市内のみどり橋付近にある文房具店において、ボールペンを用いて、右許可証の出願日欄に「51・10・3」、許可年月日欄に「51・10・25」、採取場所欄に「九折柏原」、採取期間欄に「51・11・4、51・11・8」等と記入したうえ、その電子コピー複写一通(当裁判所昭和五二年押第三八四号の二)を作成し、もつて新規に亀岡土木工営所長から右のとおり採取許可を受けた旨の土石採取許可証複写一通の偽造を遂げ、同日午前一一時ごろ、京都府船井郡園部町内林町千原一三番地の三清水輝夫方において、同人に対し、あたかも右のとおり採取許可を得たかのように装い、偽造にかかる右複写一通を真正な公文書の写しとして交付して行使し、「採石の許可がおりた。ついてはこの許可証を一〇〇万円で買つてほしい。今すぐ金がいるので前金として六〇万円くれたら残りは石が届いてからでええわ」と虚構の事実を申し向け、同人をして真実右土石採取許可に基づく権利を譲渡してもらえるものと誤信させ、よつて、即時同所において、同人からその譲り受け代金名下に金六〇万円を交付させて、これを騙取したものである。

(証拠説明省略)

原判決の認定した罪となるべき事実第一及び第二並びに右判示事実に法令を適用すると、被告人の原判示第一別紙一覧表36の所為は、刑法二三五条に、その余の原判示第一の所為は、いずれも同法六〇条、二三五条に、原判示第二の所為は、同法六〇条、二四三条、二三五条に、判示所為中、有印公文書偽造の点は、同法一五五条一項に、偽造有印公文書行使の点は、同法一五八条一項、一五五条一項に、詐欺の点は、同法二四六条一項にそれぞれ該当するところ、右有印公文書偽造、同行使、詐欺の間には順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も重い偽造有印公文書行使罪の刑で処断することとし、原判示第一別紙一覧表番号34ないし39の罪は、原判示(1)及び(2)の前科との関係で三犯であるから、いずれも同法五九条、五六条一項、五七条により、又原判示第一別紙一覧表番号1ないし33、原判示第二及び判示の罪は、いずれも原判示(2)の前科との関係で再犯であるから、いずれも同法五六条一項、五七条によりそれぞれ累犯加重をし、以上は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示偽造有印公文書行使罪の刑に、同法一四条の制限に従つて法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年六月に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入することとし、押収してある土石採取許可証原本一通(当裁判所昭和五二年押第三八四号の一)は、判示公文書偽造の犯罪行為の用に供せられたもので、被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項によつてこれを没収し、原審及び当審の訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

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